はじめに
中小企業診断士や経営コンサルタントの仕事は、生成AIの登場で変貌しつつあります。社長の右腕として資料をまとめたり、経営課題を整理したりする従来業務の一部がAIで代替できる今、私たちの価値はどこにあるのでしょうか。
私の経験から:プロンプト共有がもたらした新たな気づき
先日、ある製造業の社長との仕事で興味深い発見がありました。社長自身が生成AIに投げかけた「工場の生産性向上策」のプロンプトを見せてもらったところ、「省人化」という言葉が頻出していました。社長の頭の中では「人件費削減=生産性向上」という固定観念が強く根付いていたのです。
これをきっかけに「省人化だけが生産性向上なのか」という本質的な議論に発展し、最終的には社長が気づいていなかった「高付加価値製品へのシフト」という新たな方向性を見出せました。プロンプトという「問いの立て方」を共有することで、経営者の思考の枠組み自体に新たな視点を提供できるのだと実感したのです。
新しい協働の形
現在、多くのコンサルタントは自らが生成AIを活用して業務効率を高め、経営者にアドバイスする形が主流です。一方で、経営者も生成AIを使いこなせるようになってきました。しかし、お互いが単に自分の業務効率を高めるだけでは、真の価値創造には至りません。
そこで新たな方法として、経営者が生成AIを活用した結果をコンサルタントが磨き上げるという協働スタイルが考えられます。AIからの出力に対し、コンサルタントが専門知識や他社事例を加え、より良いアイデアを提案していく役割へと進化するのです。
思考プロセスの共有がもたらす価値
なぜプロンプト共有が重要なのか
プロンプトには「何を知りたいのか」「どう考えているのか」という経営者の思考が詰まっています。単なる結果だけでなく問いかけ自体を共有することで、次のような深い理解が生まれます:
【具体例1:認識ギャップの早期発見】
経営者のプロンプト:「売上を上げるためのマーケティング施策を3つ提案して」 (コンサルタントの思考):「この問いからは、経営者が『売上』という大きな課題しか見えていない可能性がある」 コンサルタントが書き加えたプロンプト:「既存顧客の購入頻度を高めるための、投資対効果が高いマーケティング施策を3つ提案して。現状の顧客単価は2万円、リピート率は30%。業界平均リピート率は45%」
この例では、プロンプト改善のプロセスを通じて、経営者は「漠然と売上を上げる」から「具体的なKPIを意識した施策立案」へと思考が深まります。同時に、コンサルタントも経営者の現状認識を正確に把握できるのです。
【具体例2:意思決定プロセスの透明化】
経営者のプロンプト:「新規事業Aと新規事業Bのメリット・デメリットを比較して」 AIの回答:(両事業のメリット・デメリットを列挙) 経営者の次のプロンプト:「新規事業Aの場合、初期投資を最小限に抑える方法は?」
この一連のやり取りから、コンサルタントは経営者がすでに新規事業Aに傾いていることを察知。「なぜ事業Aに興味があるのか」という経営者の内面を理解し、より的確なアドバイスができるようになります。
【具体例3:思考の発展と深化の共有】
1回目のプロンプト:「小売業のDX事例を3つ教えて」 2回目のプロンプト:「在庫管理システムを導入する際の留意点は?」 3回目のプロンプト:「POSシステムと在庫管理システムの連携方法と期待できる効果は?」
このプロンプトの変遷から、経営者の関心が「一般的なDX事例」から「具体的なシステム連携の効果」へと焦点化していく過程が見えてきます。これにより、経営者が気づいていない懸念点(例:店舗スタッフのシステム操作研修の必要性)を先回りして提示できるのです。
プロンプト共有がもたらす対話の質の変化
従来の対話:
経営者「売上が伸び悩んでいて...」 コンサルタント「原因分析をしましょう。まず、顧客データを見せてください」 (データ分析と報告書作成に数週間)
プロンプト共有による対話:
経営者「こんなプロンプトで分析してみました:『過去3年の顧客データから、購入頻度が減少している顧客セグメントとその特徴を抽出して』」 コンサルタント「プロンプトを拝見すると、すでに『購入頻度』に着目されていますね。実は、業界全体の傾向として単価は上がっているものの頻度が下がっています。このプロンプトに『業界平均と比較して』という視点を加えてみましょう」
このプロンプト共有は、対面の時間だけでなく、それ以外の時間も有効活用できます。お互いがチャットでプロンプトや回答を投げ合うような非同期コミュニケーションが可能になり、時間や場所を超えて思考プロセスを共有できるのです。経営者が夜に考えたアイデアをプロンプトにして共有し、朝にはコンサルタントからのフィードバックが届いているといった、継続的で効率的な対話が実現します。
この例では、プロンプト自体が「経営者の仮説」として機能し、コンサルタントはその思考の方向性を即座に把握した上で、より高度な視点を提供できています。
蓄積と進化:プロンプトライブラリの価値
プロンプトとその回答を蓄積していくと、「プロンプトライブラリ」という形で経営者とコンサルタントの共通言語が形成されます。
例えば、「業績低迷の原因分析プロンプト」「人材育成計画策定プロンプト」「競合分析フレームワークプロンプト」などを共有・改善していくことで、次のような変化が生まれます:
- 経営者は自ら考える力が高まり、「こういう視点で考えるべきだったか」という学びが増える
- コンサルタントは経営者の思考パターンや重視する価値観を深く理解できる
- 両者の間に「この課題には、あのプロンプトをベースに考えよう」という共通理解が生まれる
特に注目すべきは、プロンプトの変遷自体が「経営課題に対する認識の深まり」を表す点です。当初は漠然としていた課題認識が、プロンプトの改善とともに徐々に明確になり、最終的には具体的なアクションプランへと発展していく——このプロセス全体を共有することで、単なる結論の共有よりもはるかに深い理解と信頼関係が構築されるのです。
注意すべきポイント
経営者の生成AI活用促進と時間確保
私たち中小企業診断士は、経営者自身に対して生成AIの活用を積極的に促していく必要があります。「AIはITの専門家が使うもの」という先入観を取り払い、経営者自身の思考の壁打ち相手として日常的に活用することを推奨すべきです。
また、この新しい思考ツールを使いこなす時間の確保も重要です。いくら良いツールでも、使う時間がなければ意味がありません。経営者の日々のスケジュールに「AI思考タイム」のような時間枠を設け、その成果をコンサルティングの場で共有する習慣づくりをサポートしましょう。
プロンプト設計が人によって左右される
良い質問を作るコツやノウハウが特定の人だけのものになりがちです。すると次のような問題が出てきます:
- Aさんが作った質問は素晴らしい結果になるのに、Bさんが同じテーマで作ると効果が半減してしまう
- なぜその切り口やキーワードを選んだのか、その意図が共有されていない
- 特定の人しか異なる業界や課題への応用ができず、知見が広がらない
「AIを使っています」だけでは差別化しづらい
生成AIは誰でも使えるため、単にAIを活用するだけでは他との違いを出しにくくなります。価格競争に巻き込まれたり、より低価格のコンサルタントに仕事を奪われたりするリスクも出てきます。
品質と責任の範囲があいまいになりがち
AI出力には間違いや偏りがあることも。その確認に思った以上に時間がかかるケースもあります。最終的な責任はコンサルタント側にあるので、誤った提案でクライアントに損失を与えると信頼を大きく損なう恐れがあります。
実践するためのステップ
共有の型を作る
「プロンプト」「AI回答」「コンサルタントからのコメント(他社事例など)」を記載するテンプレートを用意して、情報共有をスムーズにしましょう。
プロンプト作成のガイドを整備する
「なぜこの質問をするのか」「どんなフレームワークを使うか」「キーワードリスト」「成功例・失敗例」などをドキュメント化して、個人の暗黙知を組織の形式知に変えていきましょう。
定期的な振り返りの場を設ける
週に一度や隔週で、共有したプロンプトとその成果を振り返る時間を持ちましょう。改善点や新しい問いかけを追加して、ノウハウを少しずつ磨いていけます。
まとめ
AIの時代の中小企業診断士の新たな役割は、単に「AIを使う」だけでなく「AIとの協働で思考プロセスを見える化・共有する」ところにあります。プロンプトとその回答を共有する仕組みを整え、コンサルタントの専門性と組み合わせることで、真に価値ある支援が可能になるでしょう。
もちろん、プロンプト設計の属人化や品質の保証など、乗り越えるべき課題もあります。これらに丁寧に向き合いながら、生成AIとコンサルタントのそれぞれの強みを活かす協働の形を築いていくことが、これからの時代の鍵となります。